京で「嵯峨散歩」、港で「神戸散歩」


アリスの全国ツアーがあり、何カ所かチケットを取りそこねたあと、大阪公演に行くことにした。妻が、ブレイクする前からのアリス・ファンで、僕も引きずられている。
コンサートのついでに、2泊3日で京都・大阪・神戸とまわることにした。
行きは大阪伊丹空港に、帰りは神戸空港から戻る。
須田剋太の軌跡としては、『街道をゆく』の「26嵯峨散歩」と「21神戸散歩」に重なる。

第1日 雨もよいの嵐山 [渡月橋 西山艸堂 松尾大社 心斎橋(泊)]  
第2日 大阪を歩いてコンサートに [司馬遼太郎記念館 喫茶美術館 大阪城ホール・アリス公演 たこ梅本店 心斎橋(泊)] 
第3日 神戸を散歩する [芦屋市立美術博物館 マキシン 南京町 北野・英国館 横尾忠則現代美術館] 

* 第1日は雨のために「嵯峨散歩」はわずかだけで断念し、後日出直した→ [桜の洛北、漱石の嵐山-「洛北諸道」と「嵯峨散歩」]

第1日 雨もよいの嵐山 [渡月橋 西山艸堂 松尾大社 心斎橋(泊)]

* 台風がいちどに2つ本州に近づいていて、出発の前の日に天気情報を見ていると飛行機が飛んでくれるかさえ心配になるほど。
さいわい飛行機は羽田から離陸し、ぶじに伊丹空港に着いて、レンタカーを借りた。

『街道をゆく』の「嵯峨散歩」のコースをたどるつもりでいたのだが、雨が強くなりそうなので、山中に入って水尾方面まで行くことは諦める。
高速道路を使って嵐山に直行すると、1時間ちょっと、昼前に着いた。
渡月橋の近くのみやげもの屋の駐車場に車を置いた。
嵐が近づいていて閑散としているかと予想していたのだが、修学旅行の高校生が大勢いて、人通りが多い。


■ 渡月橋

渡月橋 渡月橋付近では、先月(2013年9月)に水があふれて旅館やみやげもの店が被害を受けた様子が、しばしばテレビに映っていた。
この日も渡月橋の下を濁った水がゴウゴウ勢いよく流れている。あふれそうではないが、あらあらしい。

須田剋太『嵯峨
須田剋太『嵯峨』

須田剋太のこの絵では、欄干の間から、川岸を歩く人が少なくとも9人見える。高層ビルから見おろしたかのように人が小さいが、渡月橋はそれほど高くない。

● 西山艸堂(せいざんそうどう)
京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町63 tel. 075-861-1609

天龍寺の塔頭(たっちゅう)のひとつ「妙智院」の中にある湯どうふどころ。
『街道をゆく』「嵯峨散歩」では、嵯峨にある「森嘉」(もりか)の豆腐をめぐって長い記述があり、途中で「天龍寺の塔頭妙智院で湯豆腐を食っている」とある。

レンタカーで走って嵐山に近づいたあたりで、悪天候でも営業しているか携帯から電話して尋ねてみた。開いているとのことで、妻と2人分を予約してある。
通りは観光客が多くて歩きにくいほどなのに、西山艸堂につづく庭に入ると別世界のように静かになる。
西山艸堂(せいざんそうどう)

庭を眺める席につく。幾皿かの料理のあと、大きな土鍋に入った湯豆腐がきた。
ちょうど昼どきなのだが悪天候のせいか他に客はなく、僕と妻の2人きり。
そのためかあっという間にテーブルの上に皿が並び、メインの湯豆腐も運ばれる。さめないうちに食べなくてはと、かなりめまぐるしい。
車できているので酒を飲めないのが心残りだった。

* 『街道をゆく』「嵯峨散歩」で、司馬遼太郎、須田剋太ら一行は、この近くでいくつかの場所を訪れている。
でも今日は雨が強いので諦める。
今夜は大阪にホテルを予約してある。湯豆腐を食べただけで大阪に向かうのも何だかなあ、という気がして、嵐山に向かうときに通りかかって、駐車場がすぐ近くにありそうだった松尾大社にだけ寄ることにした。


■ 松尾大社
京都市西京区嵐山宮町3 tel. 075-871-5016
http://www.matsunoo.or.jp/index-1/index.html

「松尾大社に行きましょうか」
天龍寺を出たとき、須田画伯にそういった。松尾大社は、松尾山を背負って建っている。戦前ふうにいえば社格はきわめて高く、官幣大社だった。
「山頂にのぼるんですか」
 と須田さんに反問されて、ちょっと考えた。足に自信がない。
「山麓の神社だけにしましょう」 (『街道をゆく 26』「嵯峨散歩」 司馬遼太郎/著 須田剋太/画 朝日新聞社 1985)

僕らも雨のなかを来たので、山頂に行く気はまったくない。
それでもかろうじて傘がなくても歩けるほどに雨は弱くなってきている。

松尾大社の鳥居 須田剋太『松尾大社』
須田剋太『松尾大社』

鳥居をくぐって入る。榊の小枝を束ねたものが吊り下げてある。脇勧請(わきかんじょう)といって12束さげるものと、近くの案内板に説明がある。
30年ほど前に来た須田剋太の絵には描かれていない。そのころは下げていなかったのか、たまたまその時期下げていなかったのか。
須田剋太は、風景をアレンジして描くことはあるが、鳥居を描いて榊を省略するようなことはしそうにない。

酒に縁がある神社で、酒樽が数段に積み上がっている。
僕がなじみがある高崎の達磨寺では、こんなふうに赤いダルマが積み上げられたところがある。

松尾大社の酒樽 須田剋太『松尾大社』
須田剋太『松尾大社』

本殿にお参りすると、神前結婚が始まるところだった。
賽銭箱の向こうに新郎新婦が向こうむきに腰かけていて、祝詞があげられ、三三九度の杯がかわされ、新郎新婦が誓いの言葉をよみあげる。
-つまりしばらく眺めていた。思えばこのところ久しく結婚式にでたことがない。葬式はいくつかあった。僕がそのような年代になっているからか、世の中が少子高齢化しているからか。

重森三玲の最終作になる庭園がある。
曲水の庭(写真左)、即興の庭、上古の庭、蓬莱の庭(写真右)と4つあり、それぞれに趣をかえて、見応えがある。
使っている石は四国の吉野川産の緑泥片岩という。
庭を囲む建物が庭の緊迫感に見合わず、ややありきたりなのが惜しい。

松尾大社、重森三玲、曲水の庭 松尾大社、重森三玲、蓬莱の庭

* 大阪に向かう。高速道路にのらずに走ると、途中、大山崎を通る。このあたりで桂川、宇治川、木津川が合流している。その先は淀川になって大阪湾に注ぐ。合流点としてはビッグネームの川がならぶスター級の地点で、この春に合流点を歩いた。そのときは南側=八幡市からアプローチした。向こう側=大山崎に渡るのはたいへんなのだなあと、大山崎側の岸を望んだものだった。今日はその大山崎の川べりの道を走った。(→[春の奈良めぐり-「奈良散歩」ほか])

暗くなりかけたころに大阪中心部に入った。大阪には何度も来ているけれど、車を運転したのは初めて。レンタカーを返す前にガソリンを入れたいのだが、なかなかガソリンスタンドが見つからない。何車線もある一方通行があったり、どう進んだらいいのかとまどう変則的な交差点があったり、慣れないと走りにくい道だった。


● ベストウェスタン ホテルフィーノ大阪心斎橋
大阪市中央区東心斎橋1-2-19 tel. 06-6243-4055

地下鉄の心斎橋と長堀橋の間にある。
ANAの飛行機とホテルを組み合わせたパックがあり、いくつか選べるホテルの中から、位置と、スタイリッシュな内部の写真にひかれて、ここにした。
正面玄関を出るとすぐ前にセブンイレブンがあるのも便利だった。

道頓堀 グリコ
* 食事に出る。心斎橋の通りはあいかわらず人が多い。こんなに大量の人が、どこからやってきて、どこへ消えていくのか、不思議に感じるほど。
グリコのネオンを過ぎ、御堂筋の広い通りを西に越える。

● 大黒
大阪市中央区道頓堀2-2-7
 tel. 06-6211-1101

植木が小さな店を隠すほどにあって、かろうじて戸のところだけあいているすきまから中に入る。
かやくごはんの大黒

焼き魚やぬたで一杯飲んでいるうちにかやくごはんがくる。
僕は中、妻は小。
「中」でもお椀が大きい。食べきれないかなと思ったが、軽くて、さくさくさくさく食べきってしまった。
「かやくご飯つき」なんてふうに脇役扱いが多いのに、ここでは主役で、おいしかった。

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第2日 大阪を歩いてコンサートに [司馬遼太郎記念館 喫茶美術館 大阪城ホール・アリス公演 たこ梅本店 心斎橋(泊)]

● 平岡珈琲店
大阪市中央区瓦町3-6-11 tel. 06-6231-6020

台風は過ぎていて、妻と朝の散歩。
ガイドブックにある有名な喫茶店に行ってみた。モーニングサービスがあれば朝食にしようと思ったのだが、なかった。
コーヒーとドーナツを注文する。
店主はコーヒーを入れおわるとドーナツを作っている。粉をクルクル丸め、両手の指でつまんでいって輪にして、油にいれて、1つ1つ揚げている。できた中空のドーナツが、わきに積み上がっている。
平岡珈琲店

コーヒーの香り。さくっと軽いドーナツ。静かでにこやかな店主もとてもいい感じ。
ドーナツは1つ120円。コーヒーも高くない。

● FRESCO

ホテルに戻る途中にコンビニ+スーパーのような店があった。
明るくて清潔そう。
おむすび、サンドイッチ、牛乳、みかん2個を買って、外が見える窓ぎわのカウンターで食事にした。
さりげなく気分のいい朝食になった。
FRESCOで朝食

* ホテルに戻る。大阪に住む友人、橋本博行さんが現れる。妻と3人で心斎橋、道頓堀を歩く。フグやタコが店から飛び出していたり、ピエロがドラムを叩いていたり、にぎやかな風景だ。
そこを長身、白髪、欧州かアラブかの遠い国から来たような異貌の友人がゆったりと歩いていくのはなかなか壮観だが、しゃべる中身は関西人で、そのギャップがまたおもしろい。


道頓堀、今井の、きざみうどん
● 今井

大阪市中央区道頓堀1-7-22 tel.06-6211-0319
エレベータで4階に上がって、きざみうどんを食べる。

道頓堀のたこ焼き
● たこやき
屋台で営業する人気のたこやき屋が、通りかかったときたまたま行列がとぎれていた。昼食のすぐあとなのに、6個買って2個ずつ食べる。

* 近鉄日本橋から乗り、河内小阪で降りる。
商店街から細い道にそれた先に、散髪店の店主が店の上部を天守閣にしているのが見える。



■ 司馬遼太郎記念館
大阪府東大阪市下小阪3-11-18 tel. 06-6726-3860
http://www.shibazaidan.or.jp/
司馬遼太郎記念館

記念館に入ってロビーから奥に進むと、深い地下から高い天井まで吹き抜けになっている。その壁は全面が書架で、司馬遼太郎の蔵書がおさめてある。(といっても本来の蔵書は司馬遼太郎が暮らした隣の本宅にそのままあり、記念館には同じものを買いそろえた。そのエネルギーもすごい。高いところにある本は、ふつうには取り出しようがなく、ディスプレーになっている。)
安藤忠雄の設計による建築で、本の壁はほかにもいくつかあるが、ここのがいちばん屹立感があるようだ。
高い吹き抜けの天井にコンクリートのしみができていて、坂本龍馬のシルエットに見えるのがおかしい。
「司馬遼太郎とモンゴル」展を開催中で、須田剋太がモンゴルを描いた絵が大きなパネルになって大壁面にかかっていた。

* 10分ほど歩いて喫茶美術館へ。
前に司馬遼太郎記念館に行くのに道が難しいと悩んだことがあるし、喫茶美術館に行くのにも遠回りしてしまったことがある。
今日はどちらもストレートに着いた。


■ 喫茶美術館
大阪府東大阪市宝持1-2-18 tel. 06-6725-0430 和寧文化社
http://www.waneibunkasha.com/index.html

ここのオーナー、大島墉(よう)さんの人物に司馬遼太郎がほれこみ、須田剋太に推薦の手紙を書き、須田剋太がそれにこたえて作品をプレゼントした。

テーブルと椅子が並んでコーヒーが飲めるのだから、たしかに喫茶店だが、壁には粒ぞろいの作品がずらりとかかっていて、たしかに美術館でもある。ふつう美術館の展示室では飲食禁止だが、ここでは名画を眺めながら香りのいいコーヒーを味わえる。 喫茶美術館

一部の作品は北海道・美瑛のすばらしい眺めの丘にある新星館で展示してある。冬には休館するが、今年はその間を利用して尾道市立美術館に作品を貸し出し、「須田剋太展」が1開催される。(2013.12.7-2014.1.26)
初日には講演があり、大島墉さんが美瑛にいるのにかわって喫茶美術館を運営されているご子息の丁章さんが話をされるという。行ってみたいと思う。

* 八戸ノ里(やえのさと)駅まで歩く。近鉄奈良線に乗り、鶴橋駅で降りたところで大阪の友人とわかれる。このあとは妻と大阪城ホールのアリスの公演に行く。環状線に乗り換え、大阪城公園駅で降りる。

大阪城

■ 大阪城ホール アリス公演
大阪市中央区大阪城3-1 tel. 06-6941-0345

妻はアリスが大ブレイクする前からのファンで、吉祥寺東急のバルコニーにゴザを敷いた会場で聞いたこともあるという。
僕はそんな妻と知り合ってからのファンだが、それでも長いつきあいになる。いっしょに時代を生きてきたという感慨がある。こういう人がいるということはしあわせなことで、あとぼくにとっってはたとえば大江健三郎がいたり、オノ・ヨーコがいたりする。(ジョン・レノンは早くに逝ってしまった)

大阪城のホールに入っていく人たちは年齢層が高い。
ロビーの正面に、贈られた花が並んでいる。そのひとつに「桃山学院大学学長 前田徹生」というのがあって驚いた。その学長は大学のときのサークルの先輩で、今年あった選挙で学長に選ばれた。専門は憲法学者で、アリスのコンサート会場で先輩の名前を見るとは思わなかった。


桃山学院大学の花

(終了後すぐに携帯にかけてみたのだがつながらなかった。この日のコンサートに来ていたことがあとになってわかった。その夜つながっていればどこかで旧交を温めたところだが、惜しいことをした。先輩も前からアリスのファンで、谷村新司が桃山学院大中退でこれまでも大学としては縁があるという。)

コンサートは中盤、交替でステージからさがるときがあるが、2時間半ぶっとおしで、一気に走った。
話がおもしろいし、歌はうまいし、曲はノリがいい。
懐かしい曲が次々にあらわれ、アリスは現在進行形だと新曲もいれる。
高年齢の人たちが立ち上がり、拍手しながらきいている。ビートルズで育った世代だから、こういう曲をこんなノリで聴きたいのに、今はアリスくらいきりないのが寂しくもある。

隣にいる妻が、歌をいっしょに口ずさみながら、すっかり40年前に戻っている。ステージから語られる言葉に、うんうんと反応したり、歌にあわせて手を打ったりする動きが、以後の40年のおおいをすっかり取り払って、若くういういしかったころそのまま。アリスがかけてくれたマジックにのせられていとおしくなる。
谷村新司も「アリスとともに時間を過ごしてくれたファンが誇り」と語った。

アリス・コンサートのトラック

* JR大阪城公園駅に戻り、また鶴橋で乗り換えて、地下鉄日本橋で降りる。

● たこ梅本店
大阪市中央区道頓堀1-1-8 tel. 06-6211-6201

僕にとっては開高健もいっしょに時代を生きたかった人なのに、早く亡くなってしまった。文章じたいに熱があり、文章を読むことじたいが快楽だった。もっと言葉を読ませてほしかったのに惜しい。
その開高健がたこ梅のことを書いている。

 幼年、少年、青年と育っていくにつれ、そのどの段階でも祖父が、祖父が亡くなると父が、母が、叔母がこの店のうわさをしていたことを彼は思いださずにはいられない。タコを食べ、サエズリを食べ、これまた昔風の黒くてブリブリして固いコンニャクを食べしていると、体の前後左右に歳月のやわらかい霧がひろがっていくのを感じずにはいられない。(『新しい天体』 開高健 潮出版社 1974)

こんなに思いを重ねられる店があることは幸福だし、店にとってもこんなふうに書かれることは幸福なことだろうと思う。


たこ梅は「関東煮(かんとだき=おでん)」と「たこ甘露煮」で有名。
店に入りU字カウンタに座る。混んでいるがたまたま2つあいているときに着いてよかった。だいぶ気温がさがったところを歩いてきて、おでんの湯気を囲む席がほかほかと心地よい。
たこ梅

「どの品もそれぞれさりげない味のうしろに苦心と工夫をひそめている」(開高健、前掲書)というおでんで一杯やりながら、楽しかったコンサートを反芻して至福のときだった。

* ほろ酔いでトロトロ歩いてホテルに帰る。
明日の朝食に、すぐ前のセブンイレブンでパンやヨーグルトを買う。


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第3日 神戸を散歩する [芦屋市立美術博物館 マキシン 南京町 北野・英国館 横尾忠則現代美術館]

* ホテルを出て地下鉄心斎橋駅に向かう。
今日は大阪マラソンの開催日で、御堂筋が通行止めになっている。
横切るには、人は地下道を行く。
自転車も、階段を降りて上がって地下道を越えなくてはならない。大勢のボランティアが待機していて、自分で自転車を押し上げるのがたいへんな人には代わりに持ってあげている。
バイクに乗った若い男が交通整理の警官にくってかかったいた。「勝手に道止めてどないすんねん。マラソンはわかった。しゃ~ない。そしたらどこを通ったらええか、おせえんかい!」

地下鉄を梅田で降り、阪神電車に乗りかえて芦屋で降りる。芦屋市立美術博物館には、バスで往復した。



■ 芦屋市立美術博物館
『ゲンビ New era for creations – 現代美術懇談会の軌跡1952-1957』展

兵庫県芦屋市伊勢町12-25
tel. 0797-38-5432
http://ashiya-museum.jp/
芦屋市立美術博物館

現代美術懇談会(ゲンビ)は、1952年秋に大阪で創立された研究会で、須田剋太も設立から関わっていた。
ゲンビに関する精細な紹介で、ゲンビが大阪市立美術館の講堂をつかったときの使用料の領収書まで展示されていた。こんな資料まで展示する企画者の目配りもだが、そもそもアーティストが集まったグループでこういう会計書類まで保存してあることに驚かされる。
ゆっくり見てたのに、その間に美術館の人のほかには、ひとりも出会わなかった。今、「具体」や「ゲンビ」では親しまれるのは難しいのかもしれない。存続で揺れたことがある美術館だが、がんばってほしいと思う。

* 阪神芦屋駅から三宮駅へ。コインロッカーに荷物を預ける。ロッカーはたくさんあるのに、あいてるのを見つけるの苦労した。さすが神戸。

■ マキシン
神戸市中央区北長狭通2-6-13マキシンビル1階 
tel. 078-331-6711
http://maxim-hat.jp/

須田剋太は『街道をゆく』「神戸散歩」で、『神戸トアロード帽子店』を描いている。トアロードにはマキシンという有名な帽子店がある。絵のとおり入口の左右にショーウインドーがあり、ここのことだろう。

神戸 マキシン 須田剋太『神戸トアロード帽子店』
須田剋太『神戸トアロード帽子店』

1940年創業で、こういうオシャレな店が戦争に向かう窮屈な時期に生まれたということが不思議だ。店名は"maxim"で、「最上のもの」を意味している。あちこちのデパートにも店を出しているが、このトアロードにある本店ビルの上の階で作られているという。
ショーウインドーをのぞくとすてきなのが並んでいる。
中に入るとしとやかにディスプレーしてあって、店内の空気が外と違うかのよう。
店員の女性も優雅な人で、妻はあれこれ相談したうえ、ひとつ買う。
『街道をゆく』の「仙台・石巻」で、司馬遼太郎は
娘さんがあたらしく洋服を買ったとき、それを着てあるく場所が、たとえ300メートルでもあるというのが都市である。(『街道をゆく 21』「神戸散歩」 司馬遼太郎/著 須田剋太/画 朝日新聞社 1983)
と書いている。
神戸はマキシンで買った帽子をかぶって歩くのにいかにもふさわしい街だろうし、マキシンは神戸にあるべくしてある帽子屋といっていいのだろう。
帽子を買ったとき、店員さんに須田剋太という画家が『街道をゆく』の挿絵でここを描いていると、絵の写真を見せると、「いいものを見せてもらいました」と上品な笑顔をされた。

● 明石焼き

南京町に向かう途中で見かけた店に「神戸づくし」というのがあって入った。

明石焼き 神戸牛ステーキ、明石焼き、神戸ワインがセットになって1300円。単品の組み合わせだと1900円のがお得になっている。
明石焼きはたこ焼きと似たふうだが、タコがひとかけら入っているだけ。衣に卵をたっぷり使って柔らかくしあげてあり、たれをつけて食べる。
僕には、ふわふわとして何だかものたりない感じで、まあこういうものか、という程度の感想だった。

明石焼きのことを開高健はこう書いている。

細胞核として一片のタコが入っているきりで、それも口のなかへ入れてからモグモグと舌や歯でさぐってみなければあるともないともわからないほどの小ささである。ほかに何も入っていない。あたたかくて、柔らかくて、軽快な衣がくにゃくにゃと舌のうえでくずれ、ほのかな卵とダシの上品な味が靄となってひろがるだけである。ためしにおつゆにトウガラシをふってみると、あたたかい靄のなかから軽快な辛辣があらわれて舌をチクリとやり、すばやく消えた。これは戸外のものではなく、室内のものである。ごみごみした冬の夜風に吹かれて食べるものではなく、あたたかい部屋のなかでおしゃべりをしながら食べる、つつましい、こましゃくれたお洒落である。(『新しい天体』 開高健)

道頓堀で食べたたこ焼きはいかにも大阪のもので、これは神戸にふさわしいのかと納得させられる。

■ 南京町の門

門をくぐって南京町に入る。大丸方面から入った門には、阪神淡路大震災で倒れて復旧したものと標示がある。
横浜の中華街と違って屋台が多い。
人がたくさん歩いているのは横浜と同じ。
通りを進んで十字路を左に折れ、海岸方向に向かう出口に立つ門が須田剋太が描いた絵だった。

神戸 南京町 須田剋太『南京町 神戸』
須田剋太『南京町 神戸』

南京町の中心部に戻ると、長い行列ができていて、その先端は老祥記だった。
須田剋太がこの肉まんが好きだったことを鶴見俊輔が書いている。

 須田さんは神戸の南京街にある「老祥記」の肉まんじゅうが好きだそうだ。肉まんじゅうを買いに行くと満員で、列の中に立っている他なく、そこから、店内で肉まんじゅうをつくっている主人の姿を見ていると、たのしいという。彼も自分もおなじだという感じをもつそうである。肉まんじゅうをつくるように一心に、画にうちこむところから、これらの画が生まれる。そのうちこみの深さにおいて、「老祥記」と須田さんとは、おなじ1つの根につながる。そういう直感を、須田さんがもっていられることに感動する。(『ある時』鶴見俊輔)

行列の整理員がいるほどに行列は長く、肉まんは諦めた。

老祥記

* 三宮駅方向に戻り、北へ、山の方向に歩いて、北野の旧外国人居留地に。

■ 北野・英国館近くの駐車場

ここで須田剋太は『北野町』を描いている。
画面の右のはしに「英国館P」という看板があるので、それを探していくと、絵を描いた場所はすぐにわかった。
駐車場は「英国館」だが、絵の中心に描かれている建物は「洋館長屋」で、英国館は画面の右に隠れてしまっている。

北野 異人館 須田剋太『北野町』
須田剋太『北野町』

* 三宮に戻り、阪急電車に乗って、王子公園駅で降りる。
公園の南のへりにそっていくと、横尾忠則現代美術館に着く。


■ 横尾忠則現代美術館(兵庫県立美術館王子分館)
兵庫県神戸市灘区原田通3-8-30 tel. 078-855-5602
http://www.ytmoca.jp/

ここはもとは村野藤吾設計により1970年に建った兵庫県立美術館だった。
ここから海岸方向に下ったところに2002年に安藤忠雄による新美術館ができ、旧館はその分館として「原田の森ギャラリー」と「横尾忠則現代美術館」になっている。
僕が前にきたのは2000年、まだここが県立美術館(本館)だったころ、阪神淡路大震災の5年後で、『震災と美術-1.17から生まれたもの-』という展覧会を見た。
横尾忠則現代美術館では、横尾がじつにたくさんの顔を描いているのを見た。

■ BB美術館
神戸市灘区岩屋中町4-2-7
http://bbpmuseum.jp/


海岸方向に下っていくと、阪神岩屋駅のすぐ先に高層ビルがある。
鉄のリサイクルなどをする株式会社シマブンコーポレーションが、2009年に本社ビル内に美術館を開いた。
神戸ビエンナーレ2013「兵庫・神戸の仲間たち展」と「現代陶芸展」を開催中だったが、歩き疲れ、帰る時間もせまってきて、さらっと眺めてでた。
BB美術館

* 阪神岩屋駅から三宮駅へ戻る。
神戸新交通ポートライナーで神戸空港に行き、1時間15分飛んで羽田に帰った。
今度はアリスのコンサートが主目的で、妻のための旅だったが、行ったかいがあった。暮れになり、妻は「今年はアリスに行けたのがよかった」としみじみ言う。僕としては「今年はパリにも行ったのだけど...」と言いたいところでもあるが、とにかく楽しくてよかった。
京都で台風に重なっていくつか行きそこねたのが惜しいが、機会を作って出直そう。

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参考:

  • 『街道をゆく 21』「神戸散歩」 司馬遼太郎/著 須田剋太/画 朝日新聞社 1983
    『街道をゆく 26』「嵯峨散歩、仙台・石巻」 司馬遼太郎/著 須田剋太/画 朝日新聞社 1985
  • 『丁章詩集 闊歩する在日』 丁章 新幹社 2004
  • 『ゲンビ New area for creations 現代美術懇談会の軌跡1952-1957』 芦屋市立美術博物館 2013
  • 『新しい天体』 開高健 潮出版社 1974
  • 「ある時」鶴見俊輔 『私の曼陀羅-須田剋太の世界-』 須田剋太編 光琳出版株式会社 1974
  • 2泊3日の行程 (2013.10/25-27)
    (→電車 -レンタカー …徒歩)
    第1日 伊丹空港-渡月橋…天龍寺・西山艸堂~松尾大社-ホテルフィーノ大阪心斎橋(泊)…大黒
    第2日 …今井…近鉄日本橋駅→河内小阪駅…司馬遼太郎記念館…喫茶美術館…八戸ノ里駅→鶴橋経由・大阪城公園駅…大阪城…大阪城ホール…大阪城公園駅→鶴橋経由・地下鉄日本橋…たこ梅…ホテルフィーノ大阪心斎橋(泊)
    第3日 …心斎橋駅→梅田駅…阪神梅田駅→阪神芦屋駅=芦屋市立美術博物館=阪神芦屋駅→三宮駅…マキシン…義一…南京町…英国館…阪急三宮駅→王子公園駅…横尾忠則現代美術館…BB美術館…阪神岩屋駅→三宮駅→神戸新交通ポートライナー・神戸空港