日光でオランダの燈籠を見てグラバーの遺産を味わう−「肥前の諸街道」


須田剋太が「肥前の諸街道」の旅で描いた絵に『オランダより献上された釣燈籠』がある。
春に平戸に行ったとき、松浦史料博物館の学芸員の久家孝史さんから、釣燈籠は日光東照宮に献上されたものと教えられた。
→ [佐賀・長崎のフクザツな海岸線をたどる−「肥前の諸街道」]
日光にはしばらく行ってないこともあり、釣燈籠を見にいくことにした。

* 9時前に東照宮わきの駐車場に着いた。
夏休みの最初の日曜日だが、車は少ない。
東照宮の拝観券売場でも人はまばら。


■ 東照宮
http://www.toshogu.jp/

東照宮の境内には、全国の大名などから寄進されたたくさんの燈籠がある。
陽明門に向かっていく左手前、柵に囲われたなかに、覆屋におおわれた燈籠が2つある。


その1つがオランダ燈籠で、写真では階段を上がって左、大木のすぐ左に見える低い八角形の屋根の下にある。
陽明門は、改修工事のため白く囲われている。
東照宮 陽明門

説明板があり、オランダから奉納されたものであること、ローソクに火を灯すと自然に回転するので回転燈籠とよばれるものであることが記してある。
オランダ燈籠

須田剋太『オランダより献上された釣燈籠』 東照宮のオランダ燈籠
須田剋太
『オランダより献上された釣燈籠』

須田剋太は挿絵を描くにあたり、何かの資料のなかにこの燈籠があり、興味を覚えて描いたのだろう。

■ 日光東照宮宝物館

宝物館に入ったが、展示には燈籠に関わるものはなかった。
ミュージアム・ショップで本を2冊買った。

『日光東照宮』日光東照宮刊 2011
・オランダ燈籠には、寛永13年奉納と銘がある。当初の創建から20年経ち、3代将軍家光が大規模な新造営をしたときに奉納されたものであることがわかる。
・鎖国の時代に唯一通商があったオランダから献上され、シャンデリア形で、当時の西洋文化の1つの姿を伝えている。
・オランダ商館日誌にもこの記載がある。

『碧い眼に映った日光 外国人の日光発見』 井戸桂子 下野新聞社 2015
・1885年に日光を訪れたピエール・ロチが、この燈籠を見た印象を記している。
「青銅の大きな枝付燭台。この形式は我がヨーロッパを思わせる。」
「あたりの幻想的な奇異な品々のなかでは意外な感じを抱かせる。」
・これに対して井戸桂子は
「私たちから見れば、たとえば仏教式の燭台が、フランス国王の祈りの場に据えられているような違和感であろうか」
と感想を記している。
ロチの印象も、それに対する井戸の感想も、もっともなこととは思うが、なにしろ燈籠は奥に囲われていて、東照宮の景色のなかで異質さが目立っているほどではない。(あるいはあまり目立たせないために覆ったろうか)

* ゆっくり東照宮内をめぐって出てくると、人手が多くなり、駐車場も満車になって、入場待ちの車が行列している。
神橋のわきの橋を越えて坂を上がり、金谷ホテルに入った。


● 日光金谷ホテル
栃木県日光市上鉢石町1300 tel. 0288-54-0001
http://www.kanayahotel.co.jp/

日光金谷ホテル

1階のコーヒーラウンジ「メイプルリーフ」は12時前でまだすいていた。
名物の百年ライスカレーには、ビーフ、チキン、鴨、虹鱒のフライの4種があり、僕は虹鱒のフライにした。
白いライスのわきに、きつね色のフライが3枚並んで、カレーをかけて食べる。
さくっと揚げたフライがとてもおいしい。
これも名物のたまり漬けが添えてあって、カレーを引き立てる。


「肥前の諸街道」では、長崎のグラバー邸も描かれている。

須田剋太『長崎グラバー邸』
須田剋太『長崎グラバー邸』

グラバーも日光に縁があり、故郷のスコットランドをしのばせる中禅寺湖の風光を愛した。
そこでフライフィッシングをするために虹鱒を放流したのが1902年のこと。
それから100年以上経た今も、近代の日光を支えてきたといっていいホテルで虹鱒が供されている。

このホテルの宿泊者名簿には、歴史に名を残す人が幾人も記されている。
そのなかにフランク・ロイド・ライト(1905.4.23宿泊)と、アントニン・レーモンド(1934.5.17宿泊)もある。
レーモンドは僕が長く関心を寄せている建築家で、その初期の師、ライトにも関心がある。

日光金谷ホテル 金谷ホテルは1935年に本館を改築したとき、ライトの設計による旧帝国ホテル模して、大谷石をつかった重厚なイメージに一新した。
以前にもその痕跡を見に来たことがあるが、今日は久しぶりだった。

中を歩いていて、ときおりホテルの人に会うが、さすがに誇るべき歴史のあるホテルで、ていねいで心地よい。

「展示室金谷の時間」にはホテルの歴史をものがたる資料を展示してあった。
ギャラリーでは写真展「グラバーへの手紙」を開催中だった。
下野新聞に2016年1月から7月まで連載された記事にあわせて、グラバーが愛した日光の今を撮った写真が掲載されたのをまとめて展示してあった。

* いろは坂をこえて中禅寺湖畔にでた。
歌ケ浜の駐車場に車を置いて、湖畔の道を歩いていく。
東照宮あたりでも、日が射すとちょっと暑いが、日がかげったり日影にはいったりすると涼しかった。いろは坂をのぼってきたのでさらに気温が下がって、湖畔の木陰の道では、軽いものを1枚ひっかけて着てちょうどいいくらいだった。


■ イタリア大使館別荘記念公園
栃木県日光市中宮祠2482

イタリア大使館別荘
アントニン・レーモンドの設計で1928年に建ち、1997年までイタリア大使の別荘として使われていた。
今は公園として整備され公開されている。

(写真に写っていないが手前に)食堂、中央に居間、向こうに書斎と、1階はほとんどワンルームになっている。
どこからも正面に(写真では左に)湖面を望む。
薄い建築が、内も外もさまざまなパターンの杉皮で表面をおおわれている。
イタリア大使館別荘

桟橋が湖面に伸びている。
かつてここでボートは必需品だった。
他の別荘との往き来や買い物につかい、ときにはヨット・レースも行われた。
この別荘が建ったころより前の時期になるが、グラバーもこんな景色を眺めながら鱒釣りをしていたのだろう。

イタリア大使館別荘から中禅寺湖

* 去りがたい思いをふりきって別荘を出た。

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参考:

  • 『街道をゆく 11』「肥前の諸街道」 司馬遼太郎/著 須田剋太/画 朝日新聞社 1979
  • 『日光東照宮』日光東照宮刊 2011
    『碧い眼に映った日光 外国人の日光発見』井戸桂子 下野新聞社 2015
  • 1日の行程 (2016.07.24)
    自宅−東照宮−日光金谷ホテル−イタリア大使館別荘記念公園…英国大使館別荘記念公園−自宅