西宮の墓園で向日葵忌


須田剋太は1990年7月14日に亡くなった。
その季節と、須田剋太がしばしば描いた花にちなんで、命日を向日葵忌と名づけている。今年(2012年)は23回忌にあたり、生前の須田剋太を直接知る方や、剋太を慕う人たち数人で、墓参りにでかけた。

第1日 甲山墓園 須田剋太旧宅 西宮市大谷記念美術館 大阪市(泊)  
第2日 江之子島文化芸術創造センター 司馬遼太郎記念館 喫茶美術館 東大阪市民美術センター 大東市(泊)   

墓参りのあと、僕だけ残って大阪南部に向かい、3日目には河内、4日目には堺を旅した。
河内は『街道をゆく』の「3河内みち」、堺は「4堺・紀州街道」に重なる。
 → [小さな寺と高い塔-「河内みち」 ] [ 新鮮熱そば-「堺・紀州街道」 ]


第1日 甲山墓園 須田剋太旧宅 西宮市大谷記念美術館 大阪市(泊)

* 新幹線で新大阪着。東海道線に乗り換えてさくら夙川駅で降り、タクシーで墓園に向かった。

■ 甲山墓園(かぶとやまぼえん=西宮市営霊園甲山墓園)
兵庫県西宮市甲陽園目神山町4-1

墓園は西宮市の北郊、六甲山系の甲山(かぶとやま)の西のふもとにある。
明るい斜面に、彫刻家がつくった、ぬおっとした形の墓石がある。
下の石には「須田剋太」と、妻の「静」と、お手伝いさんだった「島津サノ」の名が刻んである。お手伝いさんまで同じ墓にして、生活を支えてくれた人への深い感謝の気持ちがうかがわれる。
甲山墓園 須田剋太の墓

西宮にお住まいで、須田剋太と親しく、お持ちだったそのいくつもの作品を剋太の生地の鴻巣市に寄贈されてもいる崎川富美子さんも来られた。
花を供え、鴻巣から持参したふるさとの水をかけておまいりする。
大阪方面は「くもりのち小雨」という予報だったが、空が明るくなっていて雨の心配はなさそう。かわりに暑い。

近くに関西(かんせい)学院大学がある。
西宮上ケ原キャンパスの正門を入ると真っ正面に、ヴォーリズ設計による時計台=旧・図書館が構えている。僕は2年前にこの大学を見に来たことがあるが、この中央軸線上にある時計台の向こうにあったのが甲山だった。
関西学院大学

関西学院は須田剋太と縁が深かった吉原治良の出身校で、博物館開設準備室では吉原治良をめぐるアーティストについての研究をすすめている。
(このあと2014年にこの時計台の建築内に博物館が開館した。)

* タクシーで市街に戻り、阪急の夙川駅で降りる。
かつて須田剋太の散歩道だった夙川に沿った道を南下する。
 モンゴルに来たから歩くのではなく、西宮の夙川の土堤下に住む氏の日常がそうで、毎日、朝、五時すぎに起床し、六時から夙川の堤の上の桜並木の道を、六甲山系の山にむかって半里ほど歩くのである。
(『街道をゆく5』「モンゴル紀行」 司馬遼太郎/文 須田剋太/画 朝日新聞社 1978)
JR線の鉄橋をくぐるあたりで、夏の少女が3人、川原でランチしていて、絵のようだった。
松下幸之助が寄贈した夙川公民館の脇を通る。蓮の池に白いコンクリートの箱が迫り出していて、鎌倉の神奈川県立近代美術館を思い出す。
ここで崎川さんは長く絵を教えていらした。


■ 須田剋太旧宅

須田剋太の旧宅に着く。阪神淡路大震災で被害を受けて解体され、今はマンションに建てかわっている。
この一室で遺族の方にお会いし、作品を拝見した。
剋太がつかったパレットもあり、絵の具がゴツゴツに盛り上がっていた
マンションの隣には、司馬遼太郎のすすめで増築したアトリエが(地震の被害を受けはしたが)残っている。
(追記:作家・村上春樹氏が小学校の低学年のころ、ここで須田剋太に絵を習っていたということをあとで知った。→[TOPICS]2015.8.17)

*旧宅のあたりには昼を食べるような店がないので、また夙川沿いを散歩がてら阪急の夙川駅近くまで戻って、パスタの店に入った。
タクシーで大谷記念美術館へ。


■ 西宮市大谷記念美術館
兵庫県西宮市中浜町4番38号 tel.0793-33-0164
http://otanimuseum.jp/home/index.html

美術館は開館40周年にあたっていて、3期に分けて収蔵品による記念展を開催予定で、1期目は現代美術で、『開館40周年記念 対話する美術/前衛の関西』展を開催中だった。須田剋太の作品も出品されていて、ちょうどいい時期にきた。
美術館の正面を入ると、横長のガラス壁があり、その向こうには静かな庭園を眺められる。

* 香櫨園駅から阪神電車に乗り、野田駅から大阪市営地下鉄千日前線に乗り継いで阿波座駅で下車し、ホテルまで数分歩いた。

● 湯元「花乃井」スーパーホテル大阪天然温泉
大阪市西区江戸堀3-6-35 tel. 06-6447-9000

翌日の最初に行く江之子島文化芸術創造センターに近いホテルに予約をとった。
ちょっと散歩に出れば、中之島の西の端が目の前にある。
大阪市内の中心部にあるのに、本物の天然温泉がある。システムは合理的によくできているし、朝食のバイキングもバランスがよく、おいしかった。

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第2日 江之子島文化芸術創造センター 司馬遼太郎記念館 喫茶美術館 東大阪市民美術センター 大東市(泊)

* ホテルから10分ほど歩く。

■ 大阪府立江之子島文化芸術創造センター
大阪市西区江之子島2-32-4 tel. 06-6441-8050
http://www.enokojima-art.jp/index.php

須田剋太の生地の埼玉県鴻巣市で、毎年秋に須田剋太展を開催している。
司馬遼太郎の『街道をゆく』の挿絵の原画を展示するときには、原画全点を所蔵する大阪府から借りている。
原画は、2012年3月までは「現代美術センター」という組織で管理されていたが、4月からは「江之子島文化芸術創造センター」にかわった。

大阪府立江之子島文化芸術創造センター 場所も移転し、中之島の西の端あたり。1938年に府庁として建ち、その後、大阪府工業奨励館附属会館として使われていた建築をリノベーションした。

展示室はあまり大きくなくて、組織名に「創造」が入っているように、過去にできあがった作品を並べて鑑賞するより、さまざまな領域のアートを結ぶ活動が主になるようだ。
秋にグランドオープンで、今はプレイベントという位置づけ。4月以来実施した屋外制作作品の記録写真が展示してあった。
ライブラリーや喫茶があり、棚にはパンフレットが大量に並び、これから古書店が入る。いろいろおもしろくなっていきそうに感じた。

* 阿波座駅から地下鉄千日前線の乗り、鶴橋で近鉄奈良線に乗り換えて河内小阪駅で降りる。
アーケードの商店街にある福寿司で昼食してから記念館まで歩く。たいした距離ではないが、汗をかいた。


 司馬遼太郎記念館
大阪府東大阪市下小阪3-11-18 tel.06-6726-3860
http://www.shibazaidan.or.jp/

司馬遼太郎が後半生を過ごし、数々の作品を書いた住まいのとなりに、安藤忠雄の設計による記念館がある。
ここでは何といっても蔵書を並べた書架の壁が圧巻。
吹き抜けの上から見おろすと高度感がすごい。
下から見あげれば「あんなに上まである!」と感嘆する。
司馬遼太郎の本宅には元のままの蔵書がそのまま残っていて、こちらには同じ本をあらためて買いそろえて収めてある。建築家の発想とこだわりもすごい。
奥のほうの高い天井のコンクリートにしみがでてきていて、龍馬の顔に見えるのがおもしろい。
書架の間のガラス窓がすてきで、外の木の緑色が風で揺らぐのが透けて見えて、涼しさを覚える。
須田剋太の作品をつかった一筆箋を売っていた。

司馬遼太郎記念館
記念館の入口を入ったあと、展示室に向かう回廊。
ここでも庭の木々が壁に映っている。


* 司馬遼太郎記念館を出て南に向かう。南彌榮神社と小阪小学校の脇の狭い道を抜け、広い府道24号線に出る。喫茶美術館はそこからやや入ったところにある。

■ 喫茶美術館
大阪府東大阪市宝持1-2-18 tel.06-6725-0430 (和寧文化社)
http://www.waneibunkasha.com/


入口を入ると松本民芸家具のテーブルと椅子が並んでいる。喫茶店というには広く、たくさんの絵がかけられている。「喫茶美術館」を不思議な名前だと感じていたが、実際にきてみて、たしかに喫茶であり、美術館でもあるのだと納得した。
喫茶美術館

ここのオーナー、大島墉(よう)さんの人物に司馬遼太郎がほれこみ、須田剋太に推薦の手紙を書き、須田剋太がそれにこたえて作品をプレゼントした。
大島さんは、須田作品をそれにふさわしいすばらしい環境で見てもらいたいと全国をまわって土地を探し、北海道・美瑛を選んだ。雄大な眺めの丘に新星館を建設し、夏の間、須田剋太の作品の一部を展示している。(冬は寒さのために休館する。)
僕は先月はじめて新星館に行った。すばらしい作品が並んでいたが、大阪も粒ぞろいで堪能した。

* タクシーで河内小阪駅に戻った。近鉄奈良線で東花園駅を降り、北に5分ほど歩くと花園中央公園があって、その中に東大阪市民美術センターがある。

 東大阪市民美術センター
大阪府東大阪市吉田6-7-22 tel.072-964-1313
http://higashiosaka-art.org/

特別展『棟方志功~祈りと表現~展』を開催中だった。

東大阪市民美術センター
1階の入口から入り、2階の特別展の展示室に向かう階段の踊り場に、須田剋太が『街道をゆく』の「河内みち」で描いた『若江村ダンジリ夜景』を拡大した壁画がかかっている。

司馬遼太郎は東大阪市に住んだことから、市の名誉市民になっている。
その縁で、このセンターでは『街道をゆく』の挿絵原画を中心に須田剋太展をたびたび開催してきた。

ラグビー場の高いスタンド下を通ってもう少し北に行くと、ユニークな外観の東大阪市立花園図書館がある。
司馬遼太郎コーナーがあって、著書、関連資料が揃えられている。
この時期は司馬遼太郎が原稿を色分けして校正した様子を伝える展示をしてあった。
東大阪市立花園図書館

2日間で兵庫、大阪の須田剋太関連の基礎的なところを回ることができた。
7/14.15の2日とも日射しが暑かったが、7/17になってようやく梅雨明けが発表された。

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参考:

  • 4泊5日の行程 (2012.7/14-18)(→電車 =バス -自動車 ⇨タクシー ▷自転車 …徒歩 >飛行機)

    第1日 JR新大阪駅→JR夙川駅⇨甲山墓園⇨須田剋太旧宅⇨西宮市大谷記念美術館…香櫨園駅→地下鉄阿波座駅…スーパーホテル大阪天然温泉(泊)
    第2日 …大阪府立江之子島文化芸術創造センター…阿波座駅→河内小阪駅…司馬遼太郎記念館…喫茶美術館⇨河内小阪駅→東花園駅…東大阪市民美術センター…東大阪市立花園図書館-大東市東部図書館・来ぶらり四条…魚捨(泊)
     → [西宮の墓園で向日葵忌]
    第3日 -観心寺…松中亭-弘川寺-顕証寺-高貴寺-大平和祈念塔-リーガロイヤルホテル堺(泊)…ちくま
     → [小さな寺と高い塔-「河内みち]
    第4日 堺駅▷阪本整骨院▷船待神社▷南宋寺▷堺市立中央図書館▷美々卯▷堺駅→泉佐野駅=樫井…塙団右衛門直次之墓…羽倉崎駅→泉佐野駅…エアポートイン プリンス(泊)   
    第5日 泉佐野駅→関西空港駅>成田空港

     →[ 新鮮熱そば-「堺・紀州街道」 ]